日本人の歴史哲学―なぜ彼らは立ち上がったのか



日本人の歴史哲学―なぜ彼らは立ち上がったのか
日本人の歴史哲学―なぜ彼らは立ち上がったのか

ジャンル:歴史,日本史,西洋史,世界史
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立ち上がれる民族の誇り

平成十六年十月十日、出陣学徒慰霊祭を催行した著者は、講演者の長谷川三千子氏の言葉をきっかけに「若くして散華された彼らの精神、日本人の歴史哲学とは何かを徹底的に勉強せねばならぬと覚悟し」、一年後、研究成果として本書を発刊した。長谷川氏は「推薦の辞」によせてこんな言葉を贈っている「少なくともこの著書を読んだ人々は、三島氏とは違って『私はこれからの日本に大して希望をつなぐことはできない』とはいわずにすむであらう。ここには、すべてが無機的でからつぽになつてしまつた、そのコンクリートを打ち破つて顔を出す、『精神』の芽吹きを見て取ることができる」。同感だ。著者のように危機に立ち上がる若者がいるうちは日本は絶対に亡びない。
戦後の日本人は、国家が「単にたまたま今生きて動いている」我々だけのものだと思い、過去―現在―未来にわたる垂直的共同体である事を忘れてしまっている。日本への限りない憎悪を根本に置いた「東京裁判史観」が蔓延しているためだ。戦後の克服には日本人の歴史哲学の復権が為されねばならない。特に「第4章 特攻隊と大東亜戦争」は一人でも多くの人に読んでいただきたい。山岡宗八氏の名著「小説太平洋戦争」には日本精神の真髄が描かれていて私の目を開いてくれたのだが、この章は明治生まれの山岡氏と同質の感動を与えてくれたのである。
大東亜戦争とは、有色人種が西洋列強の圧倒的武力の前に奴隷の平和を選択せざるをえなかった時代に、日本人だけが民族の誇りと独立自尊の気概を守るために立ち上がったものだ。回天の搭乗員だった三枝直はこういった。「日本民族という大支柱を倒してはならないから、喜んでその犠牲となります。・・・この犠牲心が国を救い、国を興隆せしめるのです」。日本は最後まで戦い抜く事によって真の亡国を免れることができたのである。立ち上がれる民族の誇りを忘れてはならない。
「あとに続くを信ず」この言葉の意味を噛み締めました。

 豊かさの中の荒廃ともいえる戦後社会の病巣、それは日本の歴史感の喪失にあり、
日本の精神の復興を目指し歴史哲学を構築を試みた書。

国家とは、国民の財産・人命・領土を守る水平的な共同体だけではなく過去ー現在ー未来における人々の
垂直的共同体でもある。 
先人の声・西郷隆盛と大東亜戦争時の特攻隊の未来の人々のために生きた方々の精神から
日本的精神とは何かを考えさせられました。

「きけわだつみのこえ」が編集者により恣意的に改ざんされていたなんて知りませんでした。

 著者の若いのにもびっくりしましたが、視点の鋭さにも驚きました。

垂直的な共同体とからごころ

私が過去に読んできた著作のほとんどが参考文献として挙げられており、その点で興味を持って読み始めました。そして、著者の年齢を見てびっくりしました。この若さで、過去の巨人(e.h. carr, hegel, berdiaev) によるさまざまな著作が、現代の日本人の視角から、十分に読みこなし咀嚼されております。著者は、ポスト・モダンの脱構築の魔術師たちの営みの究極にある非歴史的な価値の空白状態の空虚さを明確に指摘します。これらの魔術師たちにとっては、”フィクション”の破壊の持つ知的興奮がその一義的で刹那的な目的です。これは必ずしも日本だけに特有ではない現代の袋小路ですが、日本には、独特の、ねじれが加わっています。それが本居宣長や長谷川三千子の指摘する”からごごろ”とそのおぞましさです。このおぞましさは、文明の辺境におかれた日本がその生存ために引き受けざるを得なかった宿命でもあります。負け戦としての”大東亜戦争”の必然性については、議論の分かれるところですが、著者は、”太平洋戦争”という用語は、用いることをしません。そんなものは、戦後に集団洗脳の道具として作られる前には、決して、実体としては、存在していなかったからです。著者にとって、大事なのは、ポストモダンの”洗練された”分析道具が生み出す”華麗な現在の空白”ではなく、西郷隆盛と特攻隊に代表される、身を挺しての民族の歴史の記憶への貢献です。”神々の軍隊”と併読を勧めます。
初めて呈示された日本人の日本人による歴史哲学

 歴史哲学については西洋の思想家達によって、古くから語られていた。しかし、西洋の思想家を取り入れながら、我が国にしか存在しえなかった西郷隆盛や特攻隊の姿を取り上げながら日本独自の歴史哲学を提唱した著書は今までになのではないだろうか?
 本書が呈示している視点はどれも鋭いが、特に本書の大東亜戦争観は白眉である。大東亜戦争の意義をたとえ敗れたとしても、危機において立ち上がれることができたことに見出している点は今までの大東亜戦争観にはなかった新しい視点である。
また、埼玉大学教授の長谷川三千子氏が推薦しており、本書の冒頭には書評が掲載されている。長谷川先生が書評を書くことは少ないので、それだけを考えても本書の完成度の高さがうかがえる。
 
我が師長谷川三千子氏の推薦文によれば!

私は長谷川先生の書いたものが大好きです。諸君、正論を問わずすべて先生の著書は読んでいます。『日本人の歴史哲学』の推薦の辞を長谷川先生が書いていたので、思わず読んでみました。長谷川先生の推薦の言葉をほとんど見たことがなかったものですから、驚いてしまいました。なによりも驚きだったのは推薦の辞の中で、「著者は昭和四十五年に書かれた三島由紀夫の言葉「このまま行ったら…(略)…日本はなくなつて、その代りに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう」を引き、この予言どほりにことがすすんでゐることを憂へてゐる。けれども、少なくともこの著書を読んだ人々は、三島氏とは違つて、「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない」とは言はずにすむであらう。ここには、すべてが無機的でからつぽになつてしまつた、そのコンクリートをうち破つて顔を出す、「精神」の芽吹きを見て取ることができるのである。」と激賞しているのには感動しました。

この本を読めば三島由紀夫は死なずにすんだとは・・・
一読してみると期待通りの本でした。長谷川先生ありがとう。



展転社
からごころ―日本精神の逆説 (中公叢書)
連合艦隊司令長官 山本五十六の大罪―亡国の帝国海軍と太平洋戦争の真像
閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本 (文春文庫)
チベット大虐殺と朝日新聞
福田和也と“魔の思想”―日本呪詛(ポスト・モダン)のテロル文藝




日本人とは何か。―神話の世界から近代まで、その行動原理を探る〈上〉

日本人と中国人―なぜ、あの国とまともに付き合えないのか (Non select)

日本人と日本文化 (中公文庫)

日本人に贈る聖書ものがたり―族長たちの巻

日本人のルーツ探索マップ (平凡社新書)

日本人の起源―古人骨からルーツを探る (講談社選書メチエ)

日本人の戦争観―戦後史のなかの変容 (岩波現代文庫)

日本人の歴史意識―「世間」という視角から (岩波新書)

日本人の歴史哲学―なぜ彼らは立ち上がったのか

日本人は、なぜ同じ失敗を繰り返すのか 撤退戦の研究 (知恵の森文庫)




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